シラン(紫蘭)は、古くから観賞用に庭に植えられてきました。身近な花ですが、元は日本の山野に自生する山野草なのだそうです。紅紫色の花は、蘭に相応しく野草とは思えない、鮮やかで美しいものです。また、シランは観賞用だけでなく、漢方薬や無菌播種の練習用としての用途もあるようです。安城でも、公園や用水路の土手などに植栽されているのをよく見かけます。今回は人気も意外性もある魅力の野草、シランについて知見をまとめました。
基本情報
学名: | Bletilla striata |
和名: | シラン<紫蘭> 別名:ベニラン、コウラン、ビャクキュウ |
分類: | ラン科 シラン属 |
分布: | 日本、台湾、中国原産。日本では関東地方以西の本州、四国、九州の日当たりの 草原や湿り気のある斜面に自生する。しかし栽培品として広く普及しており、 種子が飛散して栽培逸出することもあるため、野生状態のものも、 本来の自生個体かどうか判別は難しく、正確な分布は不明瞭になっている。 野生種は稀で準絶滅危惧種とされる。 |
形態: | ラン科シラン属の宿根草。地中に根を張って育つ、地生蘭に分類される。 地中の偽球茎は丸くて平らで、直径3-5cmほど。前年以前の古い偽球茎が いくつもつながっている。葉は根出状に3~5枚出て、長さ20~40cm、 幅3~6cmの長楕円形。薄いが堅く、表面にはたくさんの縦筋が並んでいる。 花茎は高さ30~50cmほどで、先端に数個から十数個の花をつける。 花は、直径4-6cmほどで、花被片は6個、3個の外花被片と、3個の内花被片で 構成され、側萼片と側花弁は細長く平らに開く。唇弁は深く3裂し、中央裂片は 先端が2つに分かれることが多い。花色は、紅紫色~ピンク色で、白花品種もある。 果実は蒴果で、長さ3.4㎝以下の紡錘形で、熟すと裂け中の種子が飛散する。 種子は1~1.5㎜の小さなもので、両側に翼が付いて風に乗り運ばれる。 花期:4~6月 |
生息環境: | 日向から半日陰の草原や林縁などに自生する。乾燥にも過湿にもよく耐える 丈夫な植物で、土質はあまり選ばず、畑土でも栽培可能 |
英名: | urn orchid, hyacinth orchid, Chinese ground orchid |
シノニム: | Limodorum striatum, Bletia gebina, Bletia hyacinthina 他多数 |
品種名: | シロバナシラン、フクリンシラン、クチベニシラン |
利用: | 日本では古くから観賞用として庭に植えられ親しまれている。また、 偽球茎は白及(びゃくきゅう)と呼ばれ、漢方薬として止血や痛み止め、慢性 胃炎に用いられる。さらに、無菌播種で容易に発芽・育成できるため、しばしば 無菌播種の練習に使用される。 |
観察記録
安城ではシランを、公園や土手でよく見かけます(写真1)。公園のシランは、グランドカバーとして面の植栽をされる事が多く、伸びた花茎の先に多数の花(数個~十数個)を着けるので、とても見栄えがします(図1#1)。
また、土手などの法面に植えられたシランは、長い花茎がし垂れて野草の趣があります(図1#2)。※写真では、手前に白花の覆輪シラン、奥にシランが紅白で植栽されていて、とても綺麗でした。
シランの葉は根出状※に3~5枚芽吹き(写真2#1)展開すると長さ20~40cm、幅3~6cmの長楕円形になります(写真2#3)。※根出状とは根出葉に見えるという意味で、根元には茎があり葉の基部は茎を抱いて筒状の鞘になっています(写真2#2)。
成熟した葉は、薄い葉身ですが堅く、表面に沢山の縦筋が並んでいて(写真2#3)陰影がくっきり浮かび、遠目にも良く目立ちます(図1#1)。本種の種小名 “striata” も「条線のある」「条紋のある」と言う意味です。
シランの花茎は、葉と一緒に伸長します。本種は、3月下旬に芽吹いた頃から花茎を着けていて(写真3#1)、ひと月ほどの間にぐんぐん伸び(写真3#2)、花を咲かせながら30~50㎝程度に成長します(写真3#3)。
シランの花は、伸びた花茎の先端に総状花序を形成して数個~十数個つき、花序の下側から先端に向けて咲き上がって行きます(写真4#1)。花柄と子房は長さ10~24㎜で、開花時に捻じれ(写真4#2)蕾の上下が逆になります(写真4#1黄丸)。蕾は苞に包まれ(開花頃に脱落)て育ちます(写真4#3,#4黄丸)。
1つの花は、直径4~6cmほどで、3個の外花被片と、3個の内花被片で構成されます(写真5#1,#2黄矢印)。側咢片(写真5#3黄矢印)は狭長円形、長さ14~30㎜×幅4~8㎜程です。側花弁(写真5#4黄矢印)は側咢片に似るが、わずかに大きく、長さ14~32㎜×幅4~11㎜程です。
唇弁(写真6#1黄丸)は長さ14~28㎜×幅10~18㎜程で、上部の中間まで3裂※(写真6#2黄丸)します。※筒状の唇弁の上部が立体的に3裂しており、写真で見ないとイメージし難いです。ずい柱(写真6#3黄丸)は、ほぼ円柱形で、長さ14~20㎜程です。
花色は、紅紫色~ピンク色(写真5,6)で、白花品種もあります。白花品種は花色が白いだけで、花序や花の形態は同じです(写真6#4,#5)。
シランの実は蒴果で、長さ3.4㎝以下の紡錘形(写真7#7)をしています。安城では花期終わりの、6月半ば頃には、結実して子房(根元は花柄と一体化)が、発達中の花を見かけるようになります(写真7#2,#3,#5黄丸)。
この時期、実結しなかった花は、花弁と一緒に花柄までしおれて(写真7#4)、花柄ごと落ちてしまいます(写真7#5青丸)。結実した花の子房はその後発達して緑色の蒴果となり、この過程で開花時に生じた花柄と子房のよじれも元に戻ります(写真7#6)。花期が終わる頃の蒴果は、黄緑色に色づき陵は赤味を帯びます(写真7#7)。
シランは温度に敏感なのか、9月には葉が黄色く色付いて、枯れこんできます(写真8#1)。この頃には、シランの蒴果は、陵の赤味もにじむ様に薄くなって、全体的に黄変します(写真8#2)。その後、蒴果は、10月下旬頃まで大して変化しませんでした。
この後、観察をサボっていたため、蒴果が裂開したすぐ後の、種子散布中の状態を観察できませんでした。少なくとも安城では、地上部がすっかり枯れこむ2月中旬頃(写真8#3)には、殆どの蒴果は裂開して茶褐色になり、種子散布は終わっているようです(写真8#4)。
ラン科の花の構造について
ラン科の花の各部位について、ラン科植物向けの専門用語が多く、細かく使い分けている事もあり分かりにくい為、花の各部位と各種用語を紐付け、下図にまとめました(写真9)。
考察
シランの花は鮮やかで目立ち、唇弁の美しい模様も「蜜標(Nectar guide)」のように見え、典型的な虫媒花の装いをしています。しかし、シランの花は蜜を分泌しないとの事。他の蜜を出す花に擬態し、多種類の昆虫を呼び寄せるようですが、特に一部のハナバチ類のみが、花粉の媒介に貢献しているようです。
安城における観察では、シランの花に飛来する昆虫は見かけませんでした。しかし唇弁の奥で、獲物を待ち伏せするクモ類は、よく見られました(写真10)。なのでシランの花に蜜は無くても、その擬態に魅かれて寄ってくる昆虫は、それなりに居るのだと思われます。実際に開花後に実った蒴果も観察できた(写真11)ので、虫媒による受粉はうまくいっていると思われます。
シランは、野生では準絶滅危惧種とされる野草ですが、栽培品として広く普及しており、種子が飛散して栽培逸出し、正確な分布が不明瞭になる程、繁殖力があるそうです。今回の観察でも、蘭にしては開花後に多数の花(大体は1花)が結実し、複数の蒴果が実った花茎も幾つか観察できました(写真11)。
シランと似た咲き方をする地生欄としては、安城では他に「ジエビネ(Calanthe discolor)」や「キエビネ(Calanthe striata)」等、エビネ属が栽培されているのをよく見ますが、シランのように複数の実を着けた花茎を見かけたことはありません。他の蘭と比べても、1花茎から飛散する種子自体が多いのだと思われます。
2月中旬頃の観察で裂開していない蒴果は、溝が目立たなくなる程に膨張していました(写真12#1)。同じ時期(1月下旬頃)に、シランの種子の観察報告があることから、安城でもシランの蒴果は、1~2月頃に裂開して、種子散布されると思われます。シランの種子は1.5mm程度で、蒴果内にぎっしり詰まっています。風により散布されるため、翼状の器官と胚しかなく、栄養貯蔵器官がありません。種子が発芽するには菌類の助けが必要なのだとか。
真冬に種子散布されて、どれ程の個体が生き残るのか疑問ですが、観察したシラン群落から5m程離れた水路脇に、単体で生えている個体(写真12#2)を観察できました。写真12#2の左側の反射光は、水面のものです。こんな水辺にシランを1株だけ植える事など無いので、おそらく実生株と思われます。開花するまで育っていたので、安城においても、シランは個体の再生産に成功しているようです。
参考文献
- 「山溪ハンディ図鑑2 山に咲く花」、監修/畔上 能力、写真/永田 芳男、山と溪谷社、1996年、100頁
- 米倉浩司・梶田忠 (2003-)「“Bletilla striata” BG Plants 和名-学名インデックス」(YList)2023年6月28日閲覧
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