路傍の花:シロバナカタクリ

草花

カタクリの大群生地である、愛知県は香嵐渓の飯盛山まで行く機会があり、貴重とされるシロバナカタクリを見る機会に恵まれました。せっかくなので、今更ながら、備忘録として記事にまとめます。

基本情報

学名:Erythronium japonicum f. leucanthum
和名:シロバナカタクリ<白花片栗>
分類:ユリ科 カタクリ属
分布:北東アジア(朝鮮半島、千島列島、サハリン、ロシア沿海州)と日本に分布
国内分布:北海道、本州、四国、九州
形態:ユリ科カタクリ属の多年草。カタクリの白花品種で、カタクリの大きな群生地内で、
ごく稀に見られ、灰色の斑紋がある1~2枚の葉を着ける。劣性の遺伝子が発現したものと、
みなされており、出現する確率は数万分の1と推定される。
※形態は基本種のカタクリに準ずると思われます。
「春植物(スプリング・エフェメラル:Spring ephemeral)」と呼ばれる植物の代表。
 地下に長さ5~6㎝で長楕円形の鱗茎を持つ。鱗茎は毎年更新され、旧鱗茎の下に新鱗茎が
作られる。そのため、開花株では鱗茎は地中深く(最大30cm)潜る。鱗茎から高さ20~
30cm程の花茎を伸ばし、茎頂に直径4~5cm程の白色の花を、1個下向きにつける。
 花被片は6個、披針形で長さ4~5cmで、上方へ強く反り返る。花被片の基部は、W字型の
淡紫色の斑紋を持つ場合と無地の場合がある。雄しべは6個、長短3本ずつあり、葯は淡褐色。
 雌しべの柱頭はわずかに3裂している。花茎の下部に通常2枚、若い株では1枚の葉をつける。
葉には長い葉柄があるが、柄の部分は地下に埋まり、葉の部分が地上に出る。葉は長楕円形で、
幅2.5~ 6.5 cm、長さ6~12cm、質はやや厚く柔らかく、淡緑色でふつう灰色の斑紋がある。
 果実は蒴果で長さ約1.5㎝の卵形、熟すと3裂する。種子は、長さ2㎜ほどの長楕円形
であり、6月頃に熟す。種子は、先端部に白~薄黄色のエライオソームと言う、アリの好む
芳香性の脂肪酸を含んだ物質が付いており、アリに拾われることによって生育地を広げる。
 分球しない為、実生により増殖するが、光合成可能な期間が、春先の2か月ほどしかない為、
栄養を蓄積するまでに長い時間を要し、種子が発芽してから開花までに7~10年程かかる。
花期:3月~5月
生息環境:日当たりのよいブナ、ミズナラ、イタヤカエデなどの落葉広葉樹林の林床等のカタクリの
大きな群生地内に稀に生息する。
英名:
シノニム:
品種名:
利用:鱗茎を日干ししたものから、良質なデンプンを採取できる。元々は、カタクリの鱗茎から抽出
したデンプンのことを片栗粉と言っていた。現在の片栗粉には、ジャガイモやサツマイモから
抽出したデンプン粉が、用いられている。
表1:シロバナカタクリについて

観察記録

飯盛山には、みっしりと林床を覆う、見事なカタクリの大群生があちこちにあり(写真1)、それら群落の周辺には、カタクリの形そのままに、色素が抜けた感じのシロバナカタクリが、咲いていました(写真1#3)。シロバナカタクリは、カタクリの大きな群生地内で、ごく稀にみられる、カタクリの白花品種です。「Newton 植物の世界 草本編(上)」によれば、劣性遺伝とみなされ、発現率数万分の1と推定されるとの事。他の文献では1万分の1の発現率との記載もあり(1万分の1とした経緯不明)、

カタクリの大群落内に出現する、貴重な花のようです。シロバナカタクリは分類上、色素が形成されないまたは極めて少ない為、白い花を咲かせる※1白花変種とされています。色素が無い以外は、遺伝的には正常であり、その形質も次世代に引継がれていくとの事です。

飯盛山で実際に観察した、カタクリとシロバナカタクリの花を比較すると、披針形の6個の花被片が反り返って咲く等、花の外観に違いは見られませんでした(写真2#1,#2)。形態的にもシロバナカタクリは、カタクリから赤い色素がすっかり抜け落ちた(花被片だけでなく、雌しべや葯や花茎からも、色素が抜けています)個体との認識でよさそうです(写真2#1,#2)。

同様に開花株の葉を比較すると、葉は2枚つき、長楕円形で長さ6~12cm、葉質はやや厚くやわらかく等、葉の外観に違いは見られませんでした(写真2#3,#4)。 花と同様、カタクリの葉から赤い色素がすっかり抜け落ち(紫褐色の斑紋だけでなく、淡緑色の葉からも、赤い色素が抜けています)た個体が、シロバナカタクリの葉と言う認識でよさそうです(写真2#3,#4)。

カタクリの各花被片の内側基部には、濃紫色の「※2蜜標(Nectar guide)」と言われるW字型をした斑紋があります(写真3#3,#4)。飯盛山のシロバナカタクリでは、色素が無いか極少ない為、蜜標が見えない(写真3#1)か薄っすらと斑紋が浮かび上がる(写真3#2)個体が観察されました。

今回の飯盛山カタクリ群生の観察では、群生周辺に咲くシロバナカタクリを、8個体みつけることができました(写真4#1~#7)※写真1#3の個体は撮影距離が遠く拡大すると粗い為、掲載を見送りました。飯盛山で見つけたシロバナカタクリは、すべて、花だけでなく全体的に色素が抜けている個体でした(写真4,写真1#3)。写真4#5の個体だけ、極薄く浮き出た蜜標の斑紋を観察できました。

今回観察したシロバナカタクリは、カタクリ群生の周辺で見つけました。飯盛山は登山道が、そのまま観察路を兼ねているため、カタクリ群生の中に入っての観察は出来ません。登山道を歩きながらの観察では、カタクリ群生周辺にシロバナカタクリが咲いていると目が向くので、たまたま群生周辺に見つかっただけで、群生周辺に偏って分布している訳ではないと思います。

※用語について
  1. 白花変種(はくかへんしゅ):正常な遺伝子の発現で生まれる白花個体。その形質は次の世代に引き継がれ得る
  2. 蜜標(Nectar guide):昆虫に蜜のありかを示す、花弁の模様のこと

考察

飯盛山のシロバナカタクリは、普通の開花したカタクリに比べ、葉幅が狭いためか華奢な感じでした(写真2#3,#4)が、花の大きさは特に変わりませんでした(写真1#3,写真4#3)。飯盛山のシロバナカタクリは全て、花が白いだけでなく、全体から色素が失われて、テンナンショウ類で見られる素心のような外観を示す個体でした。※基本種のカタクリについては別途記事にまとめてあります。

同様の咲き方は、新潟県魚沼市のシロバナカタクリの観察例で報告がありました。一方、石川県金沢市、白山市のシロバナカタクリの観察例では、花被片が薄桃色~白、葯が淡紫色~淡褐色、蜜標の斑紋が淡紫色~白色の間で組み合わされた、複雑な色合いの白花カタクリが報告されています。シロバナカタクリは、白花変種の為、色素を形成する量の大小により、開花時の花の配色等、咲き方にもバラエティがあるようです。

シロバナカタクリ等の白花変種は、分類学上は品種として扱われるようです。分類学上の品種は、種内分類群と言われる、同一種内の別種と分ける程でもない、それなりの違いを分類する時に使われます。なかなか面白いネタなので、品種を中心として、以下にまとめてみました。

分類学上の品種と種内分類群について
  1. 種内分類群:species(種)より下位の違いを分類する分類ランク
  2. 種内分類群のランク:「←上位 亜種(subsp.)>変種(var.)>品種(f.) 下位→」※上位程違いは大きい
  3. 亜種(subsp.またはssp.):同種だが、地域によって形態に差異があるものを指す
  4. 変種(var.):同種だが、地域によって形態的に差異があり、かつ亜種よりもその形態的な差異が明瞭ではないもの
  5. 品種(form.またはf.):独自の分布地域を持たず、わずかな違いしか見られないものを指す
  6. 園芸品種(cv.):人工的に作られた園芸品種を表記する時に使う、種小名の後ろにcv.園芸品種名と表記、またはクオーテーション(‘ ’)のなかに園芸品種名を入れて表記する。分類学上の分類階級ではない
  7. 種内分類群の扱い:亜種より下位の分類階級は品種を含め国際動物命名規約・国際原核生物命名規約では認められておらず、専ら植物学のみで使われる用語である
  8. 品種(詳細)自然状態で、同種個体群と形態などではっきりと区別できるが、同じ地域の同種個体群とは生殖的に隔離されていない個体群を指す。多くの顕花植物に見られる白花品などはこのように扱われる

参考文献

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